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飯と酒と時々GTD

【雑記】家事をタスク管理化することはそんなにイヤなのか?

note.mu

 

 GTDの親分ツールにTrelloを導入し始めたので、Trelloの事例を漁っては読んでいる。その中で上記の夫妻で家事タスクをTrelloで回すっていう記事があったので、楽しく読んだ。個人的には、大賛成なやり方でいいな、と思ったんだが、はてブのコメントを見る限りだと、賛否両論で、「面倒くさい」「管理されすぎ!」とかのマイナス意見も多い。その中のコメントで全く同意なのが、「人はいかにプロジェクト管理しないのかがわかった」というコメントで、私も全く同意見だった。

 

家事をタスク管理するのはどこがイヤなのか?

 賛成意見については同意しかないのでスルーして、気になるのは、「面倒くさい」など管理を取り組むのに消極的な人々のことだ。

 それにしても、どういうことが、家事をタスク管理することがイヤなんだろうか?

 

 

その1:家事をタスク管理するのはどこがイヤなのか?→サボってるのがばれる

 この管理してまで家事をしたくない、というのは、寧ろ、こうすることによって、いかに自分が家事をサボっているのかを目の当たりにしたくない、というのが大いなる理由の一つとしてはあるんじゃないかと思っている。

 GTDを全く初めて収集するときに、同様に抵抗を覚える人がいる。その抵抗の一つには、「私が思い出すこの全部が私の全てだといいたいのか」とかいったような暴露に対する抵抗勢力を感じることがある。

 別に項目が多かろうが少なかろうが、未完了のタスクが多かろうが少なかろうが、それを自分自身の尊厳を傷つけるものではない。たとえどんなに部屋をキレイにしたところで、シンデレラの継母だったら重箱の隅をつついて文句を言うものだ。それと同様、気になることをやめない限り、気になることは永久に出続ける。

 家事も然り。寧ろ、洗い出すことで、通常の自分はどこまで実施することでよしとするかが明確になっていいのでは、と思うのだが、そういうわけにもいかないようだ。

 

その2:家事をタスク管理するのはどこがイヤなのか?→今までのロクでもない経験を思い出して、イヤだ

 管理を共有することでありがち、というかタスク管理で今までにあったイヤなことを思い出して、そもそもしたくない、という気になってしまうのはありそうだ。

 だから、こういう仕組みを見るだけで、上司の顔を思い出すような、そんな気分になって「うえええ~やだよぉ」という気になってしまってもおかしくないだろう。

 これはもう仕組みの内容がTrelloが云々というのではなくて、タスク管理、という概念そのものに嫌気が出しているんだろう。

 

ポイントは合意形成と運用方法

 この手の管理手法の場合、何が一番ポイントかというと、記事にも書かれていた通り、合意形成が大切だ。

 この仕組みをいやいやというわけではなく、受け入れて使っていくことに同意します、というのを説得して使う段までもっていくこと、これが大切だ。

 他にも、1週間で終わらせるつもりでも終わらなかったタスクをどうさばくか…怒らずに次週からのタスクを減らして対応しようとするか、はたまたどうしてできなかったのかねちねちなじるのか、では今後続けられるかは変わっていくだろう。

 

 

家事のタスク管理は導入したい(一人で)

 私は同居人と2人ぐらしだ。同居人がメインで飯を作るので、私はそれ以外の家事を率先してやるようにしている。

 明確なタスク管理は行っていないものの、そこそこ回ってはいるので、今回のようなタスク管理は二人では行わない。合意形成がとれないので。。のだが、私個人としては必要だと思って、一人で利用したいと思っている。

 理由は、家事タスクを毎回思い出すのが面倒&プロセスを忘れがちだからだ。家事は結構いろいろ細々あったりするので、漏れがないように覚えておきつつリサイクルしたいと思っていたのだけれども、なかなかいいのがなかったんだけど、これはいい事例だなと思って、早速家事用のボードを作ろうと思う。

 

複数人で回す家事は理想系を共有することから始まる

 複数人で家事に関して問題が生じるのは、それぞれによって、これが理想系、が全く異なることだ。その理想系に至らしめる家事に人によって誤差が生じるのも不思議ではない。

 人はどれぐらい相容れないものなのかは、我が家の事例を紹介しよう。

 

同居人「家がきたなくて、気が狂いそう。のみちゃんはこんなお家で大丈夫なの?!」

私「(周りを振り返って見直しつつ)……どこらへんがきたないの?」

同居人「(こいつ……汚いとすら思っていなかった……っ!)」

 

とまあ同居して15年以上経つというのに、理想系の状態が全く共有されていないことがこの前判明したことである。家事に関するイライラというのはそんなに簡単に解消することはないだろう。