works4Life

飯と酒と時々GTD

【日記】振り返ることのできるとは、

金曜日は振り返りの日にした。

振り返りはニガテ

GTDでは5つのステップの中に「レビュー」というものがあって、振り返ることが大切であると説いている。説いているが、実際にできるできないかはまた別の問題であり、私は今でもこの振り返り作業というのがどうにも苦手である。

それは、ノートについても同じことが言える。自分で書いた文字とは言え、それはもう自分からは連動しなくなった紙くずのようで、他人の書いた汚い文字の羅列という印象にだって、これは自分の足跡がある自分のものである、というようにはとても思えないのである。

だから、カレンダー手帳の記録を見て「あんなことやったなー」「こんなこっとあったね」といったアルバムを見返して過去をほほえましく振り返る、といったこともほとんどしない。だからこそ手帳にログをつける意義があるのか私は図りかねるわけだ。

日記やメモの類を保管しても、やはりほとんど見返すことはない。ならなぜ書くのかと言えば、鏡のように思考を見ようとするのがノートに書いたりテキストに起こしたりするほかないからである。つまり、ノートといっても、私にとっては、現時点の短い思考の断片なのである。

なんだけど、最近モレスキンの紙製品だけは、なぜか見直せるようになってきた。ような気がする。

久々に使う

10月から常備で使うノートを久々にモレスキンにした。2年ほど使ってなかった。使わなくなった理由は体調を崩してそのまま使わなくなって、他のノートに目移りしていたからだ。いろいろノートは使いはしてたけど、結局しっくりこなくて、モレスキンを再び使うようになった。

私が好んで使うのは、ラージサイズでスクエア型のソフトタイプ。ソフトなのは重量軽減のため。ソフトとはいえ、角の丸み、ノートを開ける等はハードタイプと同じなので特に問題はない。

久々に使う、というけれど実際には久々ではない。手帳を持っているのだがこれがモレスキンの手帳である。こっちにいろいろなんでも書くようにするようにリハビリをして、お、これはノートで返り咲いてもいいんではないかい? と思うようになって買ったしだいである。

めくる時に見なおすことができる

他のノートと、どう異なるのかというと、非常に微細というか雰囲気みたいなもので、正直、確実に、見返すことができるぞおおお!!と諸手を挙げていうことはできない。しいて言えばまだノートに目をやる余裕がある、みたいな些細な感覚がちょっと他のノートと異なる気がしただけである。

あんまりにもふんわりした感覚なので、これが確かな感触になるのかは心もとない。でもちょっと違う。なんか違う。

それは、手ごろなサイズだからだろうか、それとも以前は10冊程度は使っていた経験則からだろうか、もともと高かったからだろうか、こんないいのを使ってるんだぜ!と思わしめるブランド力か、そもそもの製品の質だろうか。

製品の質がこの心の動作に関与しているのは理解している。しかし、問題なのは、その製品の質により、どういった感情をもたらしたのか、であり、今の私にはそれを言語化することは、ちょっと、難しい。

ただ、現時点で言えるのは、私の感情の一部を移したという感触があり、そして一定時間過ぎた後で再度受け取る感触があった、ということである。

振り返るためにはそのための媒体も必要であるけれども、それ以前に何かしら別のものが足りないような気がしている。それは何か。なんだろうか。またしばらくして振り返ってみる予定。