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works4Life

飯と酒と時々GTD

理解するタイミング

誰かが理解してほしいと発するタイミングと、誰かが理解したいと思うタイミングは異なる。

ふと自分のブログの続けている意味はなんだろうと思ったところ、次の言葉になった。

自分の王国を作ること。

私がよく思うことに、人の視線を気にしてどうしても自分がこのように動きたいと思っても、なかなかそれを実行できないことだ。

私は本当はこのように動きたいのに、そう思っても、いろんな気持ちが邪魔をして、なかなか自分が思っているとおりには動けない。

私は、このブログではその外部から受ける影響を取っ払って行動することを規範としている。

その規範は、もちろん私が喜んで享受するものであり、そして私が一番らしくある。そしてその結果、このブログの特徴として納得できることから、続けて行っている。

私が他の人と比べて何ができるのか?

それを考えたところ、自分という海にダイブすること、つまり「自省」という行動が自分の特徴だと行き着いた。

私は人と比べて、自分に対する滞留期間は長いほうだと思う。小さな事象の中で、違う見え方を見つけるのが好きだ。どうでもいいことに自分なりの結論を考えるのが好きだ。ぱっと見ではよくわからないものに意図を見つけるのが好きだ。

そういうことをまとめて、誰かに話したい。誰かに共感してもらいたい。そう思いつつ思わないつつ書いているところがある。

しかしながら、真の理解とはグッドタイミングには発生しえない。それは私の経験から見ても言える。それが「ああそうか!」とWater!!のごとく開眼するまでには、何度かの信号を繰り返し相手が受信することによって、ようやく開通する。

もちろん、「ああそうか!」と思う瞬間に立ち会えること、そして自分自身がその触媒となることはひとしおすばらしいことだろう。

しかし、それに至るまでには、現れては消える幾許の信号が相手の中に流れてきた結果、今まさに辿りついたことも確かだろう。