works4Life

飯と酒と時々GTD

情報の食べ方

Wikipediaにはこのように書いてあるけれど、俺はGTDって多少違う意味で理解してる。
GTDがすばらしいのは、「タスクリストのフレームワーク」としては ほぼ、完成された仕組みである事。 Emperorは永遠に不滅です:タスクリストのすすめ

つまり、もっともよくできた、タスクリスト処理システムだって言いたいんだ。

via Emperorは永遠に不滅です:GTDを再構築する - livedoor Blog(ブログ)

上記のブログでは、GTDはタスクリスト処理システムだと説明されていた。この考えは私は同意。ただ、GTDをタスクリストと制限するのはちょっとつまんない。

タスク⊂情報

タスクは情報の一形態。その情報によって、誰かが何かをしなければならない、と行動を促すもの。

タスク⊂情報

GTDは情報処理システム

となると、タスク処理システムは、情報処理システムと言い換え可能なんじゃないかなと思う。

Inboxの中身は海のものとも山のものとも

私は、この情報処理システム、という言い方がとてもすっきりする。というのも、一番初めにデータが集まるInboxは、そもそも海のものとも山のものともわからない「物」ばかり。この時点で、そこに集まっているのはタスクかどうかすら疑わしいものだってある。そういう意味でも、GTDをタスク処理システム、と限ってしまうのはとても合わないんじゃないかなぁと思う。

口→食道→胃→十二指腸→小腸→大腸

GTDを情報処理システムと、大きくとらえた時、一番イメージが合うのが食べ物を消化するシステムだ。

食べ物は、口に入り噛み砕かれて一部は唾液によって消化される。次に食道を経由し、いくつかが消化される(なんだったかは忘れた)。で、その後も順に各器官を経由して最後には食べ物はすっからかんに消化される。

そんな食べ物の消化の仕組みであるが、特徴を表すと3点ある。

  1. 食べ物は、分化する
  2. どの器官が何の栄養素を消化するかは決まっている
  3. どんな食べ物でも作業は変わらない

この食べ物の消化のしくみなのだが、GTDと似ていないだろうか?

収集→処理→整理→レビュー→実行

さてGTDである。GTDは5つのステップから成り立っている。

「物」は分化する

食べ物の場合、分化は一つのものが複数に分かれ、その結果一つずつの大きさが異なるという意味で使っていたつもりだ。

GTDでは食べ物のかわりとなるのが「物」である。「物」の場合、分化はその「物」が何かを明らかにすることになる。丁度処理ステップの一つ目の手順がそれにあたる。処理ステップではいつでもどんなものでも、「それは何?」と問いかけることから始まる。「物」はゴミなのか、それともただの資料なのか、はたまた見果てぬ夢なのか、自分にとってそれは何なのか、どんな関係性があるのかを明らかにする。

どの処理が何を明確にするかは決まっている

食べ物は、たんぱく質はここで吸収して消化、とか決まっている。栄養素によっては、複数の器官で消化吸収することもあるけれども、青年期になると、単糖は小腸で消化吸収することに変わりました、とかそういうことはない。

GTDでは処理は各ステップでやることは決まっている。決まっているからこそステップ毎に分割できたとも言えるがとにかく決まっていて、だいぶなれましたのでレビューステップはなくなりましたとかそういうことはない。

物によっては、消化の必要のない器官だってある。GTDの5つのステップも、食べる情報量によって、機能する必要のないステップだってあるだろう。

GTDを習得した人になると、見かけは収集だか処理だかやってんのかわかんない状態に見えるかもしれないけれども、「物」に対する5つのステップは必ず行われている。多分。

どんな「物」でも作業は変わらない

GTDでは「物」がどうであってもこの5つのステップは必ずこのサイクルを実行する。

そんなわけで、GTDは情報消化システムと言い換えてもいいと思う。

情報を食べるとは?

GTDをタスクリスト処理システムから情報消化システムにイメージを膨らませた。膨らませたはいいけれども、情報を消化するってどういうことなんだろう?

情報を消化する、ていうのは情報を食べることだ。むしゃむしゃもぐもぐ、これは人間が食べ物を食べるのと同じイメージだ。ただ、食べ物は体の食べ物で、情報は心の食べ物になる。

例えば、私は友人の結婚式を控えている。私はそれに参加するので、参加するまでの準備が必要だ。電車のチケットを取ったり美容院に行ったり、祝儀袋とピン札も用意しないとだし、いろいろすることがある。 こんな風に一つの情報「友人の結婚式」からすべきことを洗い出すのも情報の食べ方の一形態だ。

例えば、以前に私はマインドマップの本を読んだ。その時思ったのはマインドマップの使用方法とは別に、マインドマップの誤解のされ方を思い出した。マインドマップの肝はどちらかというと連想であって、イメージを丸で囲むのはイメージを固形化させるのでマインドマップの本来の目指すべき形ではないのだなと理解したり、でもマインドマップの真の理解は現実では異なっていて誤解を受けやすいところはGTDとも似ているなと思ったりし、それをブログでまとめた。

これも本という情報の食べ方の一形態だ。

それ以外にも、情報はいろいろな形で現れる。本などの自分以外が出力したものでもあったり、自分が思いついたことでもあったりする。自分自身がそれを消化しやすくするには、ある一定の順序に従って消化作業を行う。それがGTDの5つのステップなのだと思う。

意味を広げる理由

GTDの意味をわざわざ抽象的に広げるのには、もちろん意味がある。今は取り扱っているものが自分のやるべきことのみだから、タスクリスト処理方法、なんて言葉に表されている。

いいたいのは、GTDという考え方っていうのは、結構いろいろ応用がきくんだってこと。自分がひろげさえすれば、無尽蔵に広がりそうだって。

初出:

  • 2007/11/7

自分コメント

  • ほったらかしで早3年。