works4Life

飯と酒と時々GTD

足りなかったのは、未来の概念

<![CDATA[

 

phaさんのような激しい傾向ではありませんが、私自身も似たような特性が、いくつかあって、いろいろ考えた次第。でも考えすぎて何いいたいのかわからなくなったけれども、考えた途中で気づいたことについて書いておきます。

私の特性の傾向

まずはじめに、上記のエントリの中で見かけた特性のうち、私はどれぐらい似ているのかを、以下に示します。

  • 絶望的にじっとしていられない
    今は軽度。というか寧ろ「眠そう」という印象の方が多いぐらいです。子供の頃はそのように言われていた時期もあります。
  • 絶望的に飽きっぽい
    飽きっぽいです。もって3~4ヶ月。GTDは1年を越え、まれに見るロングスパンでの興味対象です。
  • 一人でいる時間が一日で数時間は絶対に必要
    必要です。ただ、人がいても喋りかけることがなければ、一人の時間を形成することが可能です。なので、電車に乗ったりするのは格好の一人の時間の確保となります。
  • 集団に属していることに耐えられない
    昔は耐えられないと思っていました。が、今はそうでもありません。集団という概念自体は、抽象的なものであって、本来は存在しません。よって、集団の持つ目的自体も、抽象的あるいは共通事項なわけです。集団に属するAさんとBさんとCさんとDさんとのそれぞれの目的の最大公約数が、その集団の目的である、という風に今は理解しており、厳密にABCDの目的が同一であることはあり得ないと理解しています。正三角形が、厳密にはこの世に存在しないことと同意義で。
  • ロングスリーパー
    というわけではありませんが、7~8時間は睡眠時間を確保したいタイプです。高校生の時、受験勉強のために4時間睡眠を実施しようと試みましたが、長時間継続して意識が存在することに耐えられずにやめました。それに、そもそも頭が使い物になりませんでした。

他に特徴といえばこんなものがあります。

  • 興味のあるなしの度合いがはっきりしている
    状況が優先されることはなく、興味のあるなしによって、身体活動を拒否します。つまりは、興味のない話については誰が何を話していようが寝てしまいます。これは、非常に危険な特性です。どれぐらい危険な特性かというと、入社次の日に会社の一番えらい人の話で居眠りするぐらいです。洒落になってません。

私も同じように、「どうして自分はこんなに飽き性なんだろう」とか「どうして自分はこんなに興味がなかったら、聞いててもすぐに眠ってしまうんだろう」とか思うわけです。で、最近だといまさら治る気配もないものをどうこうする気持ちも消えうせて、しょうがないのでどうやって付き合おうかと考えるに至っています。

GTDを通じて知った特性

上記の特性は、GTDをする前からの既知の特性です。しかしながら、以下の点については、GTDをするようになってから初めて気づいた特性です。

未来に対する概念が存在しなかった

私の興味は現在、もしくはその近未来の時間帯にのみにあります。過去については、それ以上に変わることがないために興味がなく、未来についてはあまりに現実味が帯びずに興味がありません。

なので、過去にひどくとらわれることがないためにポジティブですが、未来については殆ど考慮しないので行き当たりばったりな性格になります。

もともと、現在に対する興味が非常に大きいことは、私も理解していました。未来に対しては、単に、あえて考えていない、とだけ思っていました。が、実際のところは、未来に対する概念がないというか、そもそも未来に対して考えることができなかったのだと、今では理解するようになりました。

未来に対して考えることができない、というのはどういう状態なのか。例えば、GTDで、頭の中について収集していると、Somedayリストの項目についていくつか出てきます。しかしながら、それらについてはできればいいなぁ、と思ったような淡い希望であって、確実にそれらを実現したいという強度の気持ちではありません。近未来の予定、例えば次の休日の予定についても、極めて極度に予定を立てる気持ちがなかったり、といったことがあります。自分自身についても予測が立てられないので、思い立ったが吉日、がいつでも可能なように、反対に何も計画を立てないようにしてしまいます。

しかしそれにしても、未来に対して考えないのは、あまりに頑な状態です。どうして私は未来の概念がすっぱり抜けてしまったのでしょう?

だって飽き性なんだもん

そこで、今回注目している特性の「飽きっぽい」というのがあります。これが、未来に対して考えを及ばせないような原因になっているのではないか、と思うようになりました。

というのも、未来について考える時、その未来の実現の見込みがないため、考えても無駄だと思って思考停止するからです。実現の見込みが薄いにしても、ほとんどの未来について、実現の見込みがないと私は考えていました。なぜ、そこまで見込みがないと言い切るのでしょうか? 原因は、自分自身です。

私自身が「飽きっぽい」です。今日は興味があっても明日に興味が薄れてしまうのかもしれない。何が一番困るのかというと、その自分の見込みのなさです。明日の自分は見込めない。いわんや、明日の世界は見込めない。だから、ほとんどの未来は見込めない、というように理論展開しているのではないかな、と思うに至りました。

しかし、GTDをするようになってからは、~したいという未来の希望の一部を、ごはんが食べたいと同じぐらいのレベルで実感できるように、変化しました。

ちなみに、私が3~4ヶ月は興味が継続できるのか、というと、この期間では、興味の対象のうち、技術・仕組み・パターン・知識等に関しての習得にフォーカスが向いているからだと思っています。だいたい一連を理解したり習得したりし、おおよそがわかるのがおそらくは3~4ヶ月です。これ以降に情報を仕入れても、パターンがわかり目新しくなく感じるようになります。そしてだんだんと興味が薄れてしまいます。
しかし、未来に対してあれこれしたいという希望は、上記に示している通り、見込みが薄く、希望を持つに至りません。つまり、今まで習得した技術や知識について展開しようという考えは出てきません。それとは別に、今後今の興味対象についてどうするかとめぐらした際、労力の割りには]]