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飯と酒と時々GTD

伝えるべきは、テクニックではなく、心持

最近の本を見かけて、「~力」という言葉が多くなって、面倒くさいなーと思った。

「~力」の本→やっぱテクニック本は売れるねぇ→でも全部きっちり使えるわけじゃないんだよね→ユースケース集みたいなもんだから、やっぱり全部覚えなきゃいけないのか→めんどくさいなー、と思った次第。

 

最近のGTD勉強会で、話すのに重点を置いているのは、ポイントとなるべき考え方やGTDの心持を伝えることだ。正直テクニックは、伝える手段はどうとでもなる。しかし、心持だけはなかなか伝えにくい。

会社で教育研修に絡むようになって、それは痛烈に思う。会社という組織の中であっても、何かの仕組みが会社の中で存在を認められ尚且つ有効活用されるのは難しい。社員の中で名前が生きて、その中で情報が伝達されるようになるまでは、その仕組みは存在しても生きてはいない。遊びに来る人のいない遊園地みたいなものだ。

 

 

しかし、自分がそう思うとは思いもしなかった。あんまり心持といったものには信用を置いてなかったからだ。なんというかそれは伝わらぬものではないのか、という気持ちだからだ。だから、GTDを伝えたい、とは思っていても、GTDの考え方を伝えたい、とは正確には思っていなかったというのが実情である。

いずれにしても、芯など伝わるでなし、という考え方が私の中で蔓延している。

 

しかしかし、恒久的に相手に考え方を保持させ続けていくためには、やはり心持なくして効果のあるものなどなかった。結局のところ、テクニックなどは、その心持を実現するものではあるが、そこから心持に辿るためには、複数のテクニックを要する。心持→テクニックの展開は可能であるが、テクニック→心持の展開は、はるかに難しい。

正直心持なんて嫌いなはずだった。しかし、合理的にシステムやその成り立ちを説明するには、心持を説明するのが一番てっとりばやいのだ。心持さえ理解しておけば、そこからシステムを組み立てたり分解することも可能なんである。テクニックは、この心持を満足できさえすれば、何でもいい。テクニックが還るための拠り所が、心の中にできれば、考え方もやり方もなんとはなしに統合され、必要以上のエネルギーが必要ではなくなる。

 

GTDだってそうである。5つのステップ6つのリストは、あれすれも、GTDはフレームワークを持たない人に対して、仮に提供したものであって、これらをすべて満たす必要はないこともある。忙しくなければ、整理ステップは格段に縮小されてしまうこともある。GTDがツールを問わないのは、自分が満足できないツールはツールとして全く意味がないことを指し示す。

GTDの理論で恐ろしく十分のみを満たしていると思うのはこういう時である。実装を実践者に委ねている所である。

私は道具にえり好みが激しいので、手帳とかでも、フォーマット自体が合わないと年を通して使えない。いや、そもそも年を通して真面目に使いこなしたことなどほとんどないのである。それらは存分に細かいことであるが、24時間表記なのかそうでないのか、バーチカルなのか、カラフルすぎでないのか、月曜始まりか日曜はじまりか、等々気にすることはかなりある。だから、今回はこの柄がかわいいからえーい♪、などという選び方なのではなく、自分に合った手帳を選ばんと、目を血走ってコーナーにある手帳サンプルのほとんどに目を通す。

――私の、血走った手帳の話をしたかったわけではなく、形が決まっていたら、上記のように自分が合うものに出会うまで大変な道のりになることを言いたかったのだ。

 

自コメント

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