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works4Life

飯と酒と時々GTD

人生をひっくり返してわかったこと - ベンジャミン・バトン -

もし、人生が若いころに戻るならばどうするだろう?という問いはよく聞くが、こんな問いはしない。人生がひっくり返る――つまり、若返っていく人生ならば、どうするだろうか、と。

もしそんな人生だったならばをシミュレーションしてみたのがこの映画である。

◆老人からはじまる人生

――1918年、ニューオーリンズに生まれた赤ん坊ベンジャミンは、老人の風貌をしていた。父親はショックを受けて、ベンジャミンを捨ててしまう。老人養護施設に見捨てられたベンジャミンは運よく施設の黒人女性クイニーに拾われ、育てられることとなる。そして、驚いたことに、彼は成長するたびに若返っていくのだった。

そんな彼の日記を振り返ることで、本編は進む。

徐々に若返るベンジャミンは、生まれて17年をすぎた時、見た目は老人の時に家を離れて一人旅立った。そして長い間を経て、デイジーと一緒になり、娘をもうけ、そしてデイジーと娘のもとを離れた。

◆失敗におわった天才児のスキップ進学

この映画を見たとき、私は一つ思い出したことがある。それは、天才児のスキップ進学についてだった。

確かアメリカで、抜きんでた才能を持つ天才児たちを大幅な年数でスキップ進学をさせ、その後どう成長するかという検証があったという。その結果は、想像しているより全くといって芳しくなかった。

その理由の一つは、学生時の体験共感がないからだという。つまり、あの時こんなことして楽しかったよね、といったような体験がスキップした天才達にはなかった。だから、一般的な人々が、そういった経験を共有しながら共感するのが、天才達には理解ができず、うまくいかなかったのだという。

今回の主人公のベンジャミンの場合、老いていく共感も難く、反対に若返る共感も望めなかった。それを裏付けるように、彼が若返っていくことを知っているのは、育て親のクイニーと、老後施設に遊びに来て仲良くなったデイジーだけである。

◆人生は素晴らしい、自分のなりたいものになれる

旅をしたベンジャミンはその後、育った擁護施設に戻った。デイジーとはいろいろあったものの、長い時間を経て2人で暮らすことになった。日記には、一番幸せな時代、とある。自分は同じ時を刻むことができない、娘にはおなじように年をとる父親が必要だ――そういって、ベンジャミンは、最愛の妻と娘から姿を消した。

デイジーと娘から離れた後、ベンジャミンは、いろんな場所に訪れ、自分のしたいことをしてきた。その間、日記は綴られていた。彼は日記で邂逅する。人生は素晴らしい。自分のなりたいものになれる。

ところが、娘がハイスクールになった頃、ベンジャミンはふとデイジーのもとに訪れた。ベンジャミンはさらに若くなっていた。17になった娘が恋に落ちてもおかしくないような20代の青年に変貌していたのだ。

この後、日記は更新されることはなかった。

◆更新されなくなった日記

この、更新されなくなった日記は、象徴的だ。日記が書かれている内容は、生まれた時からはじまり、そして最後にデイジーと会ったところで書き終わった。彼の体の時間軸が逆行する中、日記は、ベンジャミンにとって、デイジーと同じ時間を進められるもののように見える。

ベンジャミンはどうして日記を書かなくなったのだろう。

書こうとしたのかもしれない。けれども、筆が進まなかったのかもしれない。書く気力がなくなったのかもしれない。

それまでの彼は、昔のデイジーと小さな娘の頃の二人に話すように書いていたのだと思う。昔のデイジーが養護施設から旅立つベンジャミンに、旅先からハガキを頂戴、とせがまれた延長線上のように。

最後にデイジーと会うまでの間、彼の記憶の中にはデイジーと娘が住んでいた。しかしながら、突如現実の二人に会ったことで崩壊した。そして、彼は現実の目の当りにした。

本当に自分のなりたいものにはなれないのだと。

◆彼が本当になりたかったもの

作中では、ベンジャミンはいつも穏やかで笑顔を絶やさなかった。幼少のころから見た目と雰囲気だけはいつも達観していた。妻と娘から離れて旅立った彼は、日記では、人生はすばらしい、なりたい自分になれると書いていた。けれども、彼はその時のことを「幸福だ」とは言わなかった。

彼は、彼が一番になりたいもの、デイジーと娘と一緒に時間をすごす父親にはなれなかった。

それは彼が自分自身が一番理解しているはずで、それをデイジーにも伝えて二人のもとを去った。けれども、十数年を経て、二人のもとに戻ってきたとき、自分は二人の父親にはなれないこと、なれなかったことが決定的にわかった。デイジーは結婚していた。彼が勧めたとおりに。

日記を書かなくなったのは、彼にとって、その後の人生など味気ないものとなってしまったからだろうか、伝えるべき人がいなくなったからなのか。それか、もうどこにも旅立っておらず、デイジーの近くで見守っていたので書くことがなくなったからか。それとも、自分がすべき役目ははたしたと、思い至ったからなのか。

◆人生をひっくり返してわかったこと

人生をひっくり返してわかったこと。ひっくり返したところで、終わりとはじまりが若干変わるぐらいで真ん中はさほど変わらない。最初と始まりは子供も老人もおぼつかない。

人生をひっくり返してわかったこと。実行するのに身体年齢は関係ないこと。年齢を理由に、実行することにブレーキをかけてしまうことが問題なこと。

人生をひっくり返してわかったこと。分かち合うことができないのはとてもつらいこと。分かち合えることを、一度知ってしまうと、もう一人では満たされないこと。

最後に、同居している友人の何気ない一言でしめよう。

「昔は一人で映画行ったり劇を見に行ったりして楽しかったのに、今は一人で行きたいとは思わないし、つまんなく感じるようになった。なんでかな?」

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=fUDcM7cRkW8[/youtube]

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