works4Life

飯と酒と時々GTD

Water! という感覚

昨日は友人がWater!という感覚をつかんだといって話をしてくれた。そのときには、いろとりどりな状況が重なって、一気にいろいろ見えてきたらしい。状況的には、会社の飲み会だったそうな。

友人をかいつまんで紹介すると、物事を多方面から見えて、分析的かつ会話がうまく、いろいろ何でもこなしてしまうという、博識です。といっても、勿論友人にもコンプレックスを持っています。要するに、とってもすばらしい人だけど引っかかる部分はある。

個人的には、友人は、エマジェネティックスでは、トリプル型もしくはオール型じゃないかと思ってます。トリプル型・オール型は、4つのうち3つ以上の特徴が大きく現れ出る思考スタイルで、いろいろな方向から見える分、一つに決めにくい特徴があります。友人も、一つを決めにくい特徴があり、あてはまっています。3つか4つかは微妙な所なんだけれども、まあ多彩な人だということです。

そんな友人がWater!な感覚をつかんだというんです! すごいじゃないですか。Water!という感覚は、似たものといえば腑に落ちる感覚、ですかね。今までちぐはぐだったものが、すっぽり合わさるのを感じられるような、そんな気分です。私は、この感覚がとても好きです。個人的には、Water!という感覚は、スッキリ!という気分の亜種だと思っています。

その友人から、Water!と思った時に感じた内容を教えてもらいました。

  • 自分はニュートラルな状態で、歪みなく情報を受け取っていると思っていたが、実はそうではなく、何がしかの偏見が邪魔をして、情報を歪んで受け取っていると認識した
  • そこから派生して、今ここの状況で、話している二人の様子から、新たに生じる情報は何もない(今までだと、何がしかの感情を受けていたのにそれが今回はなかった)
  • その話している二人のうちの一人には、話している内容と、頭で考えている内容は全くリンクしていない、けれども話の収束性はある一定の方向に向かっている。
  • その収束に関する話題は一切出てこないが、話す内容は全てそちらへ流れ込んでいる(でも話題にはあがっていない)
  • その人の意識の流れがあってどのような状況かが理解できる
  • そして私が自分のことをトリプル型もしくはオール型だと言ったことが、かちっとはまった

とりあえず私が覚えているのはこれぐらい。確かもうちょっとあったと思います。多分、友人の頭の中ではこれ以上のさまざまなことが大きく蠢き、繋がったのでしょう。

このWater!という感覚の状況が、どういうものであるかというと、イメージ的には、たくさんの人数でスカイダイビングをした時に、奇麗な輪を作る時に皆が蠢く際のその移動する瞬間です。はじめはそうでもなかったのに、一つ繋がったのを境に、それまでの発散した状態から、急激に収束し、一つの輪になる――それがもっともっと速い速度で、網状に綱がるのがWater!という感覚じゃないのかなと思っています。

その友人のWater!なわけですが、前に私が説明していたエマジェネティックスも納得が入っているようでした。以前から随分、友人の思考スタイルはトリプル型以上だと、口すっぱく説明してましたが、理解はされているものの、何か腑には落ちてないようでした。

それが、今回Water!という感覚で、同時にいろいろ理解することができたみたいで、それ自体がエマジェネティックスの理解に続いたんじゃないかなと、私は思っています。

私が最近感じたWater!は、『ロードマップ』と『マイルストーン』です。ここで言うロードマップはソフトウェア開発の管理方法で使われている用語です。マイルストーンも同じくです。ロードマップは、これからのリリースする内容を決めておき、何のタスクをいつまでにクリアしなければならないかということを皆に周知させるためのものです。

で、最近、ロードマップの使い道について考えることがあって、その目的と役割、そこから導き出せるネーミングの全てに合点がいったわけです。当たり前といえば当たり前なんだけど。いろいろなことが発生して見失いがちな中、ロードマップがあることで、何を優先にすべきかはクリアにされています。どんなに暗い道でも、これがソフトウェアを開発していくのに進むべき道――つまり、ロードマップということで、人にそれを説明したら、なぜか自分の方が納得したというわけです。

それに派生してもマイルストーンも理解したわけです。

はるかギリシア時代、街から街に移動するため、旅人達は、岩場ばかりの道なき道を進んでいました。天候は、それはもう炎天下、四方八方同じ風景ばかりで、ちゃんと街に向かっているのか、いつでも不安になります。そんな道すがら、旅人は、直径メートルもありそうな丸い石を見つけました。それは、街の間に置かれている石で、1マイルごとにあるといいます。旅人も、街から出る際に、住人から教えてもらったことです。この石が見つかれば、正しい道を進んでおり、街に向かっていることです。不安な道中の中、旅人達はこの石を見て、ひと時の安心を勝ち得たわけです――というのは作り話なんだけど、ローマ帝国時代からあった歴史のあるものだというのは、確かなようです(via Wikipedia)。