works4Life

飯と酒と時々GTD

あなたの中のカードはフロー型?ストック型?

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gihyo.jpで43Tabの発案者である野ざらし亭さんの連載が始まりました。野ざらし亭さんは、作業が定型的なものであったことから、GTDをする程でもないという中に行き着いたと説明しています。1回目の連載を読んで、いろいろ想起したことがありました。

  • 私は、43TabsというかPoICはするのは無理
  • でも私はモレスキンはうまくいっている。なんで?
  • PoICはユビキタスキャプチャの別形態だよね
  • GTDを途中下車したというより、乗り物を変えた感じがするんだけど
  • 43Tabで何が浮かび上がってきたんだろう?

このうち、明確に書きたいことをまとめると二つ。一つ目は、私がカード方式がどうにも実施できない理由はどこか。二つ目は、43Tabsは本当にGTDを途中下車したのか。

今回はその中で、私がカード方式がどうにも実施できない理由をまとめたいと思います。

カード式に挑むが毎回惨敗する

カードという紙媒体

カードで情報を取り扱う方式は昔からいろいろ存在します。それを文書として書き留めたのが、「知的生産の技術」です。例に漏れず、私もこの本を昔読んだことがあって、試したものです。結果は惨敗。運用ラインにすら上り切れないという体たらくでした。

魅力的なPoIC

そんな、昔とった杵柄があったもののPoICを知った時は非常に魅力的に移りました。梅棹式よりはシステマティックになってて、これは続けられそうな勢いです。で、カードも買いました。でも結局無理でした。

そもそも君に見直すということ自体ができないじゃないか

他の人ができるのに、自分ができないことを知ると非常に落ち込みます。しかも、それが自分の苦手分野だとなおさらです。私の苦手分野は、見直すという作業です。PoICは昔のデータを見直す作業を全体の9割を占めているシステムといって過言ではありません。で、以前にも増して、私には見直す作業ができないのではないか、という不安に陥るのでした。

見直す作業が苦手なのは、カードに始まったことではありません。カレンダーもあんまり見直さないし、ノートを取るにしたってそんなに見直さない。だって昨日の私ですら赤の他人なんだもん、他人のとったノートなんて興味ない! というと言い過ぎかもしれませんが、とにかく見ないのです。私の友人が手帳をマメに確認しつつ、去年の自分の状況を確認しているのを見ると、見返すことができない自分が後ろめたく感じるのが理解していただけるでしょう。

ここまでくると、カードという媒体がダメなのか見返す作業がダメなのか判らなくなってきますが、とにもかくにも、カードという紙媒体にはことごとく惨敗しているという事実だけは横たわっているのです。

媒体をどう扱うかは人によって異なるものだが、その物の形態自体が取り扱いを左右することもある

カード式の情報管理ができないのは、ツールのせいなのか、あるいは自分のせいなのか私は悩んでおりました。しかし、私にも見返す作業ができることを発見しました。

モレスキンでユビキタス・キャプチャ

私は最近、モレスキンでユビキタス・キャプチャを始めました。そしてなんと、今まで見返す作業のできなかった私が、モレスキンに書いた項目は見返すことができたのです! これは、非常に大きな発見でした。カード式の情報管理ができないのは、自分に見返す能力がないかと非常に心配していましたが、そんなことはありませんでした。

とはいえ、ユビキタス・キャプチャまではいかないものの、今までだってノートでいろいろメモを取ってはきていました。なぜ他のノートでは見返すのができなくて、モレスキンでは見返せるようになったんでしょ?

今まで使ってきたことのあるノートやメモは、Delfonicsから出しているRollbahn、カーキのRhodia、それから無印良品のらくがき帳などです。らくがき帳とRhodiaはメモに、Rollbahnはノート用に使っていました。メモ用に使っていたものはともかく、Rollbahnはストックしているものの、ほとんど見返すことがありませんでした。

ノートっていうと、私は明らかに消費物の目線になるのですよね。それはモレスキンを使い始めた時にも言っていたことです。

消費物だ→汚い字で書いてもいいやー→見づらいので見返さない→汚い字で(以下略)

via works4Life season IV » Blog Archive » 今更Molskineを使い始める

Rollbahnで検索してみると、ちゃんと保管して大切に使っている人も見かけます。でも私はどうしてそんな使い方ができないんだろう?

確かに、Rollbahnは紙の品質の問題で裏移りがちょっとしたり、切り取りできることもあったりして、いかにも使い倒してくださいと言わんばかりです。でもなんか腑におちん。

ところがですね、媒体の形態について大いに考え直す出来事がありました。

超整理手帳で確定したストック型の情報のための紙媒体条件

今年の手帳は、超整理手帳と決めて買ったんですよ。超整理手帳は、中がリフィルみたいになってて、それを組み替えて使っていく手帳です。1月も半ばに差し掛かり、裏面を使う必要になってきたので組み換えをしました。

ここで大きな衝撃が走ったのです。

裏面を使うためには、左側に配置していた日付のファイルを、右側に変更する必要があります。これが、私にはものすごく拒否感が走ったのです。

というのも、少なくとも私の中では、手帳というものは確固たる形態でかたち変わらぬものだと思っていたのです。これは後から気づいたんだけど。で、上記の組み換え作業って、紙どころか、紙を設置する場所すら変更しなきゃいけないのです。手帳なのに紙の場所が変わるなんて!

使う前から違和感を感じなかったわけではありません。けれども、何に対してその違和感を感じているのかはわからなかったのですが、今回のことをきっかけに、感じていた]]