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飯と酒と時々GTD

リスクを取る理由

キャニオニングに行ってきた

最近、といってももう9月のことになるのだが、キャニオニングに行ってきた。キャニオニングとは、歩いて飛び込んでスライダーして、の気合の沢くだりのことを示す。

もともとラフティングとか川遊びは好きだったので、キャンプのアクティビティにメニューがあって、真っ先に飛びついた。

最近の私のテーマは、リスクを取ること。このテーマは、自分を信頼することから続いているテーマなのだが、自分を信頼できるっていうのは、結局「こいつぁ危険だぜ!」という状況をどれだけ超えられたかで信頼できる率が高まるのだと私は思っている。

なんで、積極的にリスクを取って、そういう自分を信頼できる要素を増やしていこうという魂胆だ。で、これが自信につながるはずだと。

そんなわけで、キャニオニングもリスクを取ることの一つ。。いや単にしたかったなんだけどさ。とりあえずは、そのキャニオニングでトライしなよ!と言われたものには進んで実行してみた。

結構な高さからのジャンプとか、頭からスライダーとか、宙返りでジャンプとか、まぁ絶叫しながらも全部やってみた。

その時思ったのが、頭で処理する情報量の違いだった。

 

携帯ゲームの情報量、キャニオニングの情報量

ところで、携帯を新調して通信速度もよくなったものだから、ちょっと携帯ゲームに手を出してみた。が、すぐにやめてしまった。通信速度もさることながら、情報量の少なさに、分析頭が満足しなかった。次の情報がくる頃には既に私は飽き始めていたのである。そんなんで、携帯ゲームの客層が、コンシューマ系と全く異なるわけだと納得した。

携帯は、情報量の少なさにびっくりし、反対にキャニオニングは情報量の多さにびっくりした。

キャニオニングで思ったのは、とにかく頭が処理しているとおぼしき情報量の半端ない違いだ。当然だ。情報対象は視覚聴覚等々に加えて、肌の全表面積から情報を対象としていてものすごくテンションを使っていることを感じる。それだけ、今自分のいる場所は通常の場所ではなく、危険が含まれており、注意をかける必要性があるからだ。

ところで、プロジェクトのマネージャになって、男性陣が半端ないほどの情報量に対応できるのにもびっくりした。私は全くその情報量についていけずに、オーバーフローしたタイプだけど、昔の小さな積み重ねから見えない開きがあったんだなぁとびっくりした。

思い当たる節があるとすれば、運動だ。

私はからっきしの文科系で、部活動も全部文科系だった。キャニオニングのような全方向での注意を払うような状況はどんなものがあるのだろうと考えると、運動の競技や、遊びの中のゲームといったものがあるなと思った。要するにだ、男子ならばよくする遊びの一環に含まれている。

状況は刻一刻と変化するから、それに合わせて状況確認とそれに対する方針の更新が、短時間の間に高速で繰り返される。

だから子供のうちから運動しろと言われるのだなと、今更に実感した。

 

リスクを取る

子供の運動で思ったのは、リスクを取るということだ。限られた柔らかい状況ではあるが、それでもゲームや遊びといった要素にはリスクをはらんでいる。物事が自分が思った通りに進まない、自分自身が自分が思った通りに動けない、仮に動けたとしても思った結果にならない、そういった不確定要素が含まれている。しかし、その不確定さこそが楽しむことだろうし、それをどうやって操っていくかが、遊びの醍醐味の一つであるだろう。

昔から、リスクと付き合う練習は、はじまっていたのである。

 

さて今の私はそういった経験もないので、そうそうすぐに情報処理量が増えるとは思えない。むしろ苦手ジャンルの上に、一人で大きく仕事を任せてくれるスタイルの方が私には得意だから、ますます範疇から外れていた。

しかし、でかいことをしようと思うと、管理できるできない以前にその分自分の度量というか、器も許容できる大きさが必要になると思う。自分にそれがあるのか、というと全然ないように思った。しかしでかいことはしたい。したらばどうするか?

それで、リスクを取る体験をまず増やそうと思った。

 

初出:2010/10/26