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飯と酒と時々GTD

書くこと・書いた後・そして過去現在未来

GTDでは、自分の考えている内容を出力することを重要視している。出力する、ここでは簡単な実装で言うと、書く、ということになる。

書くというのは、それ自身は非常に簡単な行為である。しかしながら、その行為を通じて、脳内の作用が大きく影響することは確かであろう。

人はどうやって過去・現在・未来を区別するのだろうか?

私の場合、過去はそれ自身がこれ以上変わることのない事実、である。過去に対して私は簡単に区別することができたのだが、残念ながら現在と未来について区別することが、難しかったし、今もそうである。

昔、未来について想像したり、思考のまな板上で現在と未来を、同じ土俵で陳列することは不可能だった。その理由は一重に、未来というものを信用していなかったからだろう。信用とは? ここでいう信用とは、信じて用いることができるかどうか、その言葉その文字のとおりである。結局私は未来というものは信じていなかった。信じていなかったので、不確定要素だと未来について捉えていた。その結果、私は未来を信用できずに、判断基準や判断材料や概念のひとつとして用いることはできなかった。

結局この未来の概念ができた理由に考えられる要素は二点である。

一つ、過去と現在のログを取ったこと。一つ、ウィークリーレビューなどで、振り返りの作業を繰り返したこと。いろいろ考えた結果、どうやらこの要素が非常に大きいものと思われる。

社会人に入って中堅どころになると、広い視野を、もっと先を見越した考え方を、と要求を受けるようになるのだが、少なくとも私の周りにその方法について開示することができた人は誰もいなかった。私の結論としては、原因と結果の関係のレンジをだんだんと広げていくことでできるものと思われる。つまり、想像できる未来というのは、過去のユースケースのバリエーションと組み合わせから組み立てられる結果であるだろう。

過去・現在・未来を決定付ける中で必要になる要素は、ある事象が発生した時系列である。事象と事象とが関係するためには、共通の項目がありその項目が遷移するための時間がある。その二つがあってようやく、原因と結果の関係性ができあがる。それをどうやって、理解するのか? 理解できるのか?

書くことの作業について戻ろう。書くことそれ自体は、やはり状態遷移の一種であろうと思われる。書いて、頭で考えていた内容を出力した場合、脳はどのようにその情報について判断するのだろうか?

GTDではオープンループという概念がある。脳のシナプスにずっとずっと情報が流れている状態を指し示す。通信プロトコルのブロードキャストのようだ。クリアに異なる点があるとすれば、おそらくシナプスにはその情報を止める機構とブロードキャストのメッセージを止める機構の性質がことなる点であろう。ブロードキャストの場合、あるノードに送られたメッセージは記憶され、他のつながっているノードに送る。次にそのノードが同じメッセージを受け取った時、すでに送られたものとして、そのメッセージは再送信されない。

ブロードキャストの再送制御機構が強固であるが、シナプスの再送制御機構は非常にゆるいものと思われる。脳の場合、どうすればこの再送をやめるようになるのか? 可能性と考えられるのは、今のところ次のようなことが考えられる。

(1)他の情報とマージされた (2)中期or長期記憶層に移行した (3)他の方法で保存された (4)その情報がこれ以上流すに不要と判断された (5)それ以上に重要と思われる情報に優先された

とにかく、可能性として再送を止めるやり方はいろいろあるが、手っ取り早くオープンループをクローズループするには、(3)もしくは(4)が効果的であるだろう。(4)は要するには自分で判断することだ。これはいらない、そう決定するだけで、脳での情報は流れづらい。(3)は脳以外のいずれかの場所で保管された場合である。つまり、これが書く作業に相当する。

そもそもどうして、オープンループのような状態になるのだろうか? それが自分にとって必要かも不必要かもわかっていない情報だからである。よくある「いつか必要かもしれない」というような状態が、脳で行われているのかもしれない。それで、浅瀬の中で旋廻するイルカのように、何か新しい情報が更新されるまでは泳ぎ回っているのかもしれない。中期or長期記憶層になると、思い出す作業が困難になるので、すぐさま思い出せるように、頭の中である程度情報として励起状態を保っているような気がする。そう、情報の再現性という問題である。

書いた後はどうなるだろうか? たとえば紙に書かれると、その紙の紙片をなくさない限り、その紙を見れば自分の書いたものが見れる。これはつまり、再現性が確保されるということだ。単に再現性と書いているが、時間で言えば、ほぼ書いた後から紙をなくす瞬間まで、再現されていることである。この情報が継続してアクセスできることの素晴らしさは何たることか! 情報というものは、頭の中では重要である重要でないに関わらず、砂で作られた城のごとく、もろくも崩れ去って行く。城の塔であろうが城門であろうが、である。情報が、頭の中で固定化(名称がすぐに出てくるような状態と考えてもらってよいだろう)していない状態で、情報を保持することは難しい。

今回ここで非常に記述しておきたいことは、紙で書かれた状態を、頭の中で同じことを実現するには非常にエネルギーがかかることだ。そして、オープンループというのは、この非常にエネルギーがかかる状態であることだ。

このほかにも書くことの効果はある。もやもやした内容が文字という形あるものに収まるために、それ以外の情報を捨て去る点だ。まとめる作業も複数の情報のうち、必要な情報をピックアップすることなので、相関性はあるだろう。

自分コメント

  • とりあえず吐き出し
  • via 筆記療法