その昔、新宿のルミネに好きな靴屋があった。今履いている靴のメイカーは、だいたいそこのお店で開拓したもので、靴の形やデザインなどが好みだった。今思えばあそこの靴屋は私の趣味にドンピシャだった。
オヤジが店長の靴屋
そのお店は、オヤジが店長をやっていた。ルミネの店舗にしては珍しいタイプの店長だなぁと思いつつ、オヤジ店長の靴のセレクトはよかった。しかも接客がまた気が抜けてて、ちょろっと寄ってきては、
「どんなの探してるの」
「ふーん」
とまあ、あまり気の入らないような返事をする。といいつつちゃんとこれがいいだろうという靴を提案してくれる。
そう、提案。
靴屋は他にも寄るものの、この靴の提案自体はそんなにない。別に同系列でよさそうなの、「よかったらこれも試着されてみては」と言ってくれればちょっと嬉しいんだけど、割とないんだよね、お店の人からの提案って、依頼しないと出てこない。
そう、このオヤジ店長、なんとなく声かけたらなんとなく靴持ってくる。それが、なんというかツンデレみたいな持ってきかたで、「まぁお前のために持ってきてやってみたけど、別に興味ないんだったらいいんだぜ?」的な。
何をいいたいのかというと、オヤジ店長の提案は、お仕着せがましくなかった。
そんなオヤジ店長は愛想はないが、靴のセレクトと指摘は的確だった。
自分がいまいちだと思っている靴については、「えーそれするの」とかストレートにぶつぶつ文句を言ってくる。靴についても、ちゃんと足の形にあったものを提案してくれるのがいい。
店長が持ってくる靴は、すでに足の形にほとんど合っている。
煽るオヤジ店長
こんなこともあった。
その店の靴のセレクトはちょっとデザイン的にはエッジのきいたタイプで、割と気合を入れないと履いてけないような靴も多かった。そんな中、比較的デザイン的には落ち着いた、オヤジ店長的には攻めてない靴を買おうとしたところ、こんなことを言ったのである。
「この靴(かなりデザインが濃い)、50代の女性が買ってったけど、その靴でいいの?」
宣戦布告もいいところのこの言いっぷり。オヤジ店長の靴の趣味は本当にいい。そんな煽りを受け、結局デザイン的に攻めてない靴は買うことはなかった。
オヤジ店長のサービス
そんなオヤジ店長のよい所は、試着しようとした時に、靴を自ら履かせてくれるところだった。
ちょっとしたいい気分である。あれってちょっとしたことだけど、いいよねー、といつも一緒にお店に行ってた友人に言ったら、こうのたまった。
「ばっか、アレやってたのあんたにだけだよ。自分の好みの客にしかそんなことやってないよ。アンタの隣のお姉さんが試着したいって声かけて靴はかせてもらいたそうにしてたけど、2回声かけてたけど全くド無視だったからね、あのオヤジ」
マジか。横暴な店長だとは思っていたけど、どこまで横暴なんだ。
まさかの閉店そして、
そんな癖ありまくりの店長だったが、定期的に通っては靴を買っていた。友人と二人で常用していたのだが、残念なことに店舗がたたむことになった。友人と二人して店長の行方をお店の人に聞いたのだが、「退職しまして」という残念無念な返事であった。嗚呼無常、店長一体どこにいったの?!
そんなことがあったのも、結構昔の話。
店長のいた新宿の店は閉じたものの、他の店舗はまだあったり、メイカーの靴を他のお店で見つけて買ったりしては、私の靴生活は回っていた。
そんな中、とある靴屋で接客している人と話賑わい、今度働く店が、丁度オヤジ店長のいた店の系列店だというのがわかったので、オヤジ店長の話をしたのだ。
「あーあの靴のへらで客を指さす横暴なオヤジ! 私買い物行った時に見かけて腹立って他の店員に言ったんですよ、何あの人って?! そしたら社長なんですって! だから誰も文句言えないんですって!!」
店長、まさかの社長だった。ならばあの傍若無人ぷりもやむなしである。自分の居城だもんな。そしてここからが本題、オヤジ店長の行方を聞こうとしたら、まさかの衝撃の結末だったのだ。
「あの社長、お亡くなりになったんですって」
鬼籍に転籍したならそりゃあいないはずだわ。
あれ以来、オヤジ店長なみに信頼のおける靴の店員には会ったことがない。いい夢見させてもらったぜ。。
オヤジ店長に薦められて買った靴は、いまだに数回レベルでしか履いていない。それでも、捨てられずに大切に持っている。