ローレンスの中間管理者は辛いよ物語でもあった。
あらすじ
教皇が亡くなった。
亡き教皇はリベラル派で、他地域や女性に対しても寛容な姿勢を持っていた人物。
主人公・ローレンスは、その教皇に仕えてきた首席枢機卿で、彼自身もリベラル寄りの人間だ。
次の教皇を決めるため、枢機卿たちによる選挙(コンクラーベ)が密室で開催される。
リベラル派の有力候補は、前教皇とも親しい間柄だったベリーニ。だが、チェスでは前教皇にいつも負けていたあたり、ちょっと頼りない。
対する保守派は、3人の候補者がいる。
一人はイタリア至上主義で排他的なテデスコ。もう一人はアフリカ出身のアデイエミ。そして三人目が、野心家で悪評も多いトランブレ。
そんな中、物語は思わぬ展開を迎える。
実は前教皇が生前、秘密裏に新たな枢機卿を任命していたのだ。
密室の中、教皇選挙は静かに厳かに、しかし確実に進んでいく――
これは、選ばれる“誰か”と、選ばれた“理由”をめぐる、緻密でスリリングな心理戦の映画である。
感想
美術がすごく良かった。あの重厚なセットと陰影の効いた光使いが、「宗教の空気」を感じさせた。
音楽も荘厳だった。特に時折入る呼吸音が絶妙。緊張した状況を物語っていて、そこがよかった。
深まる謎、解き明かされる謎、墜落していく候補達、教皇は誰の手に?!ローレンスが教皇になっちゃう?!というスリリングなストーリーが進んでいった。
後半にあった「ユダめ!」というセリフには痺れた。場面の文脈と状況が正当過ぎて、これ以上ない名場面だった。
一点だけ難を言えば、枢機卿ジジイが多すぎて顔と名前が一致しない。ローレンスとベリーニ、髪型似てるから余計に混乱する。公式が「早わかり表」作ってるけど記憶が間に合わなかった。
【以下ネタバレ】
前教皇の「計画どおり」
この映画の面白さは、ただの教皇選びではなく、前教皇による周到な“布石”が選挙に効いてくる構造にある。
教皇の8手
「教皇はいつも8手先まで読む」
前教皇と親しくしていたベリーニは、そう邂逅していた。
では、その言葉の通り、教皇は今回の選挙についても先手を打っていたのだ。というわけで、この教皇選挙で前教皇が指したであろう8手を考えてみた。
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ローレンスを引き留める
辞任しようとしたローレンスを全力で引き留め。選挙管理者として、信用されつつも「疑いを持つ役」に据えるため。 -
トランブレの裏金工作を把握しておく
野心家トランブレは絶対にトップに立たせてはいけない。証拠はしっかり確保。 -
その上で、トランブレに“爆弾”を仕込ませる
アデイエミの30年前の過ちであるシスターを、アデイエミの失脚材料としてトランブレに招致させる。
→ アデイエミに一発。トランブレには信頼感アップ(のちに裏切りの布石)。 -
シスター・アグネスを味方に
信念で疑惑の人・ローレンスは独りでは立ち回れないかもしれない。そこで、シスターアグネスに、前教皇自らが信頼を打ち明け、彼女がローレンスを支援するよう仕向けておく -
新たな候補・ベニテスを秘密裡に枢機卿に任命
ベリーニは教皇にはふさわしくなく、ローレンスは羊飼いじゃない。前教皇が旅先で出会った逸材・ベニテスを、こっそり昇格。 -
ベニテスの秘密を尊重し、黙認
ベニテスはインターセックス。手術を提案しつつも、拒否されてそれを受け入れた。
→ 重要なのは、彼がそのままで「教皇として相応しい」かどうかだった。 -
ベニテスを選挙直前で投入
密室であるコンクラーベの直前に招くことで、ベニテスへの調査や批判を最小限に。選挙モードに入れば、皆そこに集中せざるを得ない。 -
トランブレに“辞任勧告”を投下して死亡
最後にして最初の火種。前教皇は死ぬ直前、トランブレに辞任を迫る。これでトランブレの暴発を誘導し、ローレンスが疑念を抱く構図を完成させた。
前教皇の死は…自殺?
前教皇の死について、映画では明言されない。だが、個人的には自殺だったと感じた。
というのも、彼は主導権を渡すような人物には到底思えなかったからだ。
辞任という選択肢もあったはずだが、それを選ばなかったのは、ローレンス等が留まるよう嘆願するのは分かっていた。何より生きているといろいろ画策していた内容に指摘されてしまう。だから死人に口なし、という選択肢がもっともよいという判断になったのではないかと思う。
それもあるし、ベニテスを考慮すると、彼への疑惑を最小限にするには、時間管理が肝のように思えたからだ。自分の死さえも、タイミングを意図できるものとして利用したのではないだろうか。そしてその火ぶたを切るのがトランブレへの辞任勧告である。
トランブレを騙し、ローレンスも騙す
前教皇の策略は、敵にも味方にも及ぶ。
まず、トランブレには「味方のフリ」をする必要があった。
前教皇が自分を支持していると信じさせることで、彼の傲慢と策を引き出すためだ。
でなければ、ローレンスがわざわざ裏金の証拠を探す理由がない。
一方で、ローレンスにも真実を伏せた。ベニテスの件である。
ローレンスは真面目で杓子定規。そんな彼が、ベニテスを知ってしまえば、絶対に調査を始める。
それを避けるために、ギリギリでベニテスを選挙に召喚させる必要があった。
コンクラーベ中は調査が進められない。調査を進めたとしても、ローレンスぐらいだろう。調査結果が選挙中に出たとしても、ベニテスが教皇の候補者の一人ならば、真面目で杓子定規なローレンスなら、調査書に目を通さない。
つまり、ローレンスが何も知らないままベニテスを支持するようにしむけた。
と、考えるとこの前教皇、なかなかの策士だと思う。前教皇のエピソードにチェスをベリーニとよくやってたとあったが、あれも結局教皇に足る人物かどうかの足切りテストも兼ねてたんじゃないかなーと思う。
テデスコへの失脚工作はなし
あれだけ手を回していた前教皇だが、保守派のテデスコには直接的な工作をしなかった。
テデスコはどこか“野良坊主”感のあるキャラだけど、意外に品行方正なのかなと思う。ローレンスとラテン語で語り合う場面があったりして、妙に有能な気配もある。
前教皇にとっては、彼を潰すよりも「対抗馬を立てる」のが効果的だったのだろう。
そして実際、テデスコの思想を突き崩したのはベニテスの主張だった。
ベニテスの秘密と勝利
ベニテスの壮年の主張後、選挙は大きく動いた。
彼の言葉に、誰もが本質を見た。迷いなく票が集まり、新教皇が決まった。
そして…選挙後、ローレンスはようやくベニテスの調査結果に目を通す。
愕然とする。
まじで本当に愕然とする。
このシーンが実に秀逸。
この時のローレンスの愕然とする様は、本当の本当に愕然としていて、ここがやはり一番ダメージを受けているのがありありとわかるシーンだった。それまでのドタバタなど瑣末な話だと言わんばかりで、愉快であった。
亀と3人のシスターと、ローレンスの未来
前教皇が飼っていた亀が、映画の最初と最後に登場する。
雌雄同体の亀は、インターセックスというテーマの隠喩として配置されていたのだろう。
そして最後、亀を池に戻すローレンス。その姿に、彼の役割がまだ終わっていないことを感じさせた。
ローレンスの管理はまだまだ続くよ、という雰囲気の中、3人のシスターが楽しそうに歩いていく様をローレンスが見届けて終了。また3人というのがいいよね。三位一体などからキリスト教にとっては3はかなり強い数字だと思うし。
しみじみと「良い映画を観たな」と思える締めくくりだった。
ローレンス…不憫
それにしてもローレンスは不憫だったな。
ちょっと欲を出して、自分の名前を書いて投票したら爆発ですよ?
敬虔深いローレンスなら「やっぱり俺は教皇に望まれてない」とか思っちゃうんだろうなと思うわけですよ。あんなにいろいろ一生懸命がんばってるのに、まるで「ローレンスよ、お前の仕事はそれじゃない」と前教皇から説教を受けたかのような仕打ちじゃないですか。
しかも自分の名前を書いて投票する前に、教皇を夢見て洗礼名をちょっと考えるエピソードがあった。いわゆる有名になった時のサインを考えるみたいな振る舞いだよね。そんなキャッキャウフフなシーンの後の爆発シーンだっただけに、落差が酷い。
ちなみに、同行した友人は
「最初でオチわかった。女性か隠し子かどっちかだと思った」と。
……それ早すぎない?!
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