works4Life

飯と酒と時々GTD

THIS IS IT.

巨大なスクリーンに、もうこの世のどこにも存在しない彼の姿が映し出された。これは、伝説の公演となったであろうそれの、リハーサルをまとめた、彼からの贈り物である。

 

映画は関係するスタッフのコメントを交えて始まった。リハーサルに参加するスタッフ皆が彼に敬愛の意を示し、リハーサルといいながらも全力でパフォーマンスする。そんな力のみなぎった場の中、彼だけが、抑え目な動きでリハーサルをしていた。

 

彼の所作は不思議だ。

バックダンサーの力のほとばしるパフォーマンスと異なり、彼の動きは随分ラフである。それでも尚、彼が彼たる姿は見失わない。体幹への姿勢が誰とも異なる。

バックダンサーなどを見ていると、彼らはその動きの激しさやしなやかさをもって、アピールする。世界中のダンサーの中でも選りすぐりが集められているのだから、彼ら単品でも非常にすばらしい。だのに、彼のラフな動きが彼ら以上に、観客の私たちを、そしてきっとダンサー達を魅了している。

彼の動きははっきりしている。

まず体幹、つまり背筋の部分がほとんど動かない。彼の姿勢はいつの場所でも空と大地と繋がっているといってもいい。次に彼の動作。まっすぐ動く時はまっすぐに動き、やわらかく動く時はやわらかく動く。この違いをはっきり区別して動く。そして、無駄な動きがほとんどない。少なくともそう感じる。これらの基本的な動きが、リハーサルの中でというよりも、彼の全生活の中で実現されている。だから、彼が踊っていようがいなかろうが、彼の所作は、とても美しい。

彼の所作は言うならば、濁流の中の清流といったようなもので、あのバックダンサーの激しい流れの中でも、ひとつのくっきりとした強い流れを表していた。

友人が面白いことを言った。その静かな動きに複雑な動きが含まれており、それが彼に惹きつけられてやまないのであるんじゃないかと。その複雑な動きは、場の状況を読み、それに合わせて小さく小さく微調整を重ねて細やかに現れ出ているのではないかと言う。確かにそうかもしれない。彼の動作は、押し付けがましい感じがしない。

とても静かだ。

 

 

静かな、という印象は、彼の言葉にも表れ出ている。

彼の話す内容は決して押しつけがましくなく、慎ましく、控えめで、そして愛と尊敬を持って周りと接していた。彼は謙虚だった。回りのメンバーはそれに最大限応えようとし、彼のしたいことを実現しようと必死に汲み取ろうとしていた。

映画の途中途中ではさまれるメンバーのコメントは、彼はすばらしい、彼と一緒に仕事をするのが夢だった、彼は力を引き出すのが非常にすばらしい、なにより夢、夢、夢、と何度もその言葉が繰り返された。

おそらく、リハーサル時の彼らの感覚には、全体感というか、まったく拒否すべき感覚がなく、すべてを受け入れようとするなんともいいがたい感覚で行っていたのであろうと思う。

私もその感覚を知っている。David Allenに会えた時だ。

 

2008年6月13日、Biz.IDのイベントでDavidに会った時、私は不可解な感覚に襲われた。通常とは違う感覚で、防御壁がない感じがした。通常なら感じる防御壁のような、心の障壁が、そのイベントの時にはなかった。人は誰しも、すべての状況を受け止めようとはしない。ある程度のリスク回避のため、全面的にその場を信頼することはない。いくつかの逃げ道を用意するため、意識の一部はいつでも抵抗できるように、力をセーブしている。そしてそのセーブしている状況は、平静とした状態なりで理解する。

しかしながら、その時の私は、どんなにがんばっても平静ではなかった。明らかに心のうちでは高揚感で高まっており、体中のそこらしかしこで神経細胞が踊っているような感じを受けた。誰も防御するつもりもなく、やってくる情報をすべて受け止めようとしているかのようだった。

これは、驚愕すべきことでもあった。元来私はそのように人に対して思うことはあまりない。私がDavidに対してそのような姿勢を取るとは思いもしなかったので、なおさら驚くべきことだった。

どうやったらこのような気持ちになるのか。雰囲気? Davidの存在? それもあるだろう。しかしながら、絶対的に関与しているのは、私がDavidに対して抱いている敬意の強さだ。それなくしてこのような感覚は襲われなかったに違いない。

 

 

彼と一緒にいた時、メンバーのうちほとんどが、なんともいいがたい幸福感とともにその場に存在できたのではないかと思う。メンバーみんなが、全面的に彼に尊敬と信頼をおき、彼の動作や流れや空気を粒さに拾い、彼に応えようといつも以上のパフォーマンスで応えようとする。

彼もまた、それに手を添えるように「君ならできる」と声をかける。皆の夢がそこに実現している。彼と一緒にいる、彼と一緒にステージを作っている。これ以上ない幸せで満ち満ちた夢のような場が形成されていたに違いない。

ライブなどで感じるあの一体感。自分自身の中で一切の障壁がなくなり、すべてが通って流れることで、一つの大きな流れを形成することができる。それが、人間という物理的境界を超え、場として成り立たせられる。

そして、昇華。

彼の、至上の愛がそこにあった。

 

 

そんな幸福に満ち満ちた場に居合わせたことがあっただろうか、そんな経験をしたことがあるだろうか、これからそんな場にまみえることがあるのだろうか、そんな人間にこれから会うことができるのか、そんな風に思える人がこの世にいるのか。

誰か、誰が、心臓をわしづかみにして、奪っていくのか。そんなことが可能なのか。

それがここにある。

THIS IS IT.

 

http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/