暁斎展も一度行くんだー!って昨日意気揚々と向かったんですが、月曜日は毎回休みで残念な結果になってしまったnomicoです。なんで休館日見てなかったんだろう。。
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それはさておき暁斎展。ホントよい。自分2回も展示会行こうなんて思うことは早々ないんだけど、この人は何度見ても面白い。とにかく絵柄が多才すぎる。
暁斎くんって?
2歳で蛙を写生し、6歳で浮世絵師の歌川国芳に弟子入り、9歳で狩野派に弟子入り18歳で修行を終えたとゆー、今で言うなら画学のスキップもいいところな感じのキャリア。
なんだけど、とにかく変わったものを描くのがすきならしく、8歳で増水の神田川を描きに行って面白いものを見つけたからもって帰ったのが生首だったとか、家が焼けたところを描こうというか描いていたら自分家も焼けちゃったのにも気がつかずに怒られたとか、そんな、あーあ、なエピソードが満載らしい。
幼少の頃から描くのにどっぷりだった暁斎くんはとにかくいろんなスタイルの絵をかけるようになっていた。それこそ、喜多川歌麿のような姿絵もそうだし、狩野派の水墨図もそう。水墨図も狩野派の野性味溢れるタイプもかければ、鯉だのの繊細な絵もかける。かといって、風塵雷神といった細かなタイプも描くわけで、南総里見八犬伝で見かけるようながっきりした絵柄も描けるっちゅータイプで、あまりに作品の数が多かったもんだから、評価が間に合わなかったタイプであった。しかも、こんなに出して同一人物とかそうありえないわよね。
日記も毎日描いてた20年ほど
そんな暁斎君は、日記も描いてた。絵で描いてた。それが20年ほどで欠かさずだからどんだけ描くのが好きなのよ。描くのはその日に訪れた人だったり会った人だったり落書きだったり、出来事だったり。というのをさらさら筆で描く。でもさすがに同じ人を何回も描くのはつらかったのか、後半頃にはよく訪れる人には自分ではんこを作って判を押してる。
またここに日記に出てくる人が特徴的で、わかりやすい。藤宮さんちゅー人が何度も出てくるんだけど、なんで覚えているかというと、顔がでかい。そういうのをわかりやす描いてるもんだから、日記を描いて1ヶ月ほどたつと、売れちゃうそうで20年といえば8000日ほどあるのに実際日記としてみつかったのは1200日程度らしい。
仏も毎日描いてたらしいけど
絵日記を20年もかかさずかー、とここで感心してはいけない。毎日描いてたのは絵日記だけではなく、仏の図も毎日描いては寺に奉納してたらしい。だからどんだけ絵を描くのがすきなの。
見どころはやっぱり後半。前半はコンテール君だからさくっと見るがよろし
そんな暁斎君の図を一同に見れるのが今回の展示会。といいつつその弟子だったコンデル君のも前半に紹介されてる。
紹介されてるもんだから、こんなもんなのかー、とちょっと肩透かしになるんだけど、それは肩透かしではなく肩慣らしでその後は怒涛に暁斎先生の図画がずらーっと紹介されているので気合を入れて見に行く必要がある。
暁斎の絵はとにかくうまいしとにかく気持ちが湧き立つ。図柄も数種類ほどあるので、途中から見飽きて、というのがない。それに、今回の展示会では普通の図画以外にも、下絵で描いてたものだったり、絵日記の内容だったりも紹介されていて、愛嬌があってそこもよろしい。
暁斎はそういったちゃんとした画以外にも、春画とかちょっとユーモア入った絵も描いていて、むしろそっちが面白い。私が二度見に行こうと思ったのは、蛙の合戦図というものがあって、図いっぱいに甲冑を着た蛙どもが、関が原の戦いよろしく真剣な面立ちで戦をしているのである。そのひとつひとつを見切れなかったのでぜひ今回はそれをまじまじと見たかった!というのになんということでしょう月曜日が休みだったなんて!!
そんな暁斎だったので、まじめな画のほうにも、いやそこでがんばる必要ないでしょ、とかそういうところを見受けられることがある。どーんと人を描いててそこはもう気張って描いてんだけど、後ろのほうでなびいているこいのぼりの絵が無駄に凝ってるのはどうしてなのとかとか。
袋はつぎはぎでなくてはならないのか問題
そのまじめな画の中で私がどうしても気になることがあった。それは袋である。風神様がお持ちになる袋、布袋の神様がお持ちになる袋。
袋につぎめがあるのよ!!
袋と言えば通常真っ白に描かれるというのに、暁斎の描く風神様の袋は、よく使い古してあるんだかそれとも補強を加えたんだか、継ぎ目がある。
このつぎめにどういった意図があるのかはもちろん謎のままなんだけど、こういうところが私は暁斎の好きなところである。
とにかく面白い画家なので是非行くといいよ! 月曜日以外にね!!