works4Life

GTDメインのタスク管理と生息してますログを記載しています。

【雑記】鳥被害が少ないと思ったら同居人が撃退していた

みなさん、鳥被害あってますか?

 Sparrow, Sperling, Bird, Birdie, Plumage, Songbird

 

リモートワークになって知った、割と鳥はうるさい

 リモートワークになって、会社の恩恵はいろいろ感じ入ったが、その一つに音の静けさがある。私の住んでる場所は川沿いのため、割と木々が多い。土手があって都会でありつつも若干田舎っぽくなる場所は割と好きである。

 木々が多いということは、それなりに鳥も多い。

 鳥ね、割と集まると結構なうるささになるもんである。そして春ともなれば、子作りの季節。奴らはたむろできる木を物色しているのだ。

 そういえば最近チュッチュチュッチュうるさかったなーと思っていたのがなくなっていたなと思ったら、実は友人が蹴散らしていたと最近になって知った。

 

「見回って、鳥を見かけたら威嚇してたんだよ、シャーー!って」

 

 しゃーって、しゃーって……

 そんな事実が判明したのは、この最近に威嚇行動をした時に面白いことがあったと話を聞いたからだった。

 

 鳥が居座るまでの工程

 鳥による巣作りまでの工程は何段階か踏むようである。

 第一段階目は、まず偵察隊がやってきて場所の安全性をチェックする。木なら実際にとまったり、ベランダなら実際に手すりや床に降りたりする。ここに来ても大丈夫なのをまず確認するらしい。ベランダだとすぐに人が出るとすぐに散会する。

 同居人曰く、「偵察隊は、開拓する勇気ある心をもちつつも慎重派、だからすぐにこのタイミングだとすぐに逃げやすい」そうな。

 

 第一段階で、大丈夫だと確信すると、次に二段階目に進む。

 

 第二段階目は、巡回経路に組み込まれる。どうやら自分達の好きな場所というのが、いくつかあるようで、それを巡回する経路に組み込まれて、定期的にチェックしつつ、休憩地点としてよく使われるようになるらしい。

 

 第三段階目は、さらに一時的休憩所だったのが、定宿に変わる。ここを屯して寝てすごす場所になる。

 

 そして第四段階目では、巣を作って育て始める。安心感たっぷりな状態なのがとてもよくわかる。

 

近くのAさんの木は大きいので鳥が根城にターゲットオンされつつある

 どうやら、私たちの近くの木は、同居人の威嚇行動によりターゲットオンされなくなったが、近くのAさんの木がターゲットオンされているようだ。Aさんところの木は大きく、近くの電柱よりも背丈がある立派な木である。木の中にはいればさっぱりわからず、天敵にも狙われないから鳥にとってはとっても素敵な場所に見えているようだ。

 

 最近は鳥がちょっとうるさくないつつあるかな、と思ってたら、同居人が興奮気味に帰ってきた。

 

「Aさんちの木にたむろってた鳥を威嚇したら面白いことがあってさ!!」

「は?」

 

 ここではじめて露見したのが、同居人が、近所を鳥に根城にされないように、威嚇行動をしていたことであった。それが更に広がり、近隣の木にも目を見晴らしていたようで、威嚇行動を実施したらしい。

 

 Aさんちの木が、割と無視できないほどにうるさくなってきたので、警戒していたところ、家に帰る途中でやはりうるさくなっていたようだ。

「こんなところを根城にされちゃかなわん!」と思い、同居人は威嚇し始めた。

 それが、

 

「シャーーッ!!」

 

である。しかもかなり気合の入っているシャーッ!で、電線にたむろっていた鳥が気づいた。しかも一瞬ビクっとしたらしく、バウンドしたというのである。

 電線が。

 バウンって。

 

「え、よくビクってするような感じで?」

「そうそう。一瞬飛び立とうと思ったけど、飛び立つほどじゃないよね、ってやっぱりやめましたみたいな感じで」

 

 しかし鳥は飛ばなかった。そこで更に気合をいれて同居人は威嚇した。

 

「シャーーーーッ!!」

 

 だが鳥はやはり飛ばなかった。電線はまたもやビクっとバウンドした。 そこで更なる威嚇である。

 

「シャーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

 

 バサバサバサっと、鳥たちは慌てて飛び去っていったのだという。

 相変わらずAさんちの木には鳥はいることにはいるけど、そんなに数は増えていないような気がする。それはきっと同居人の功績に違いあるまい。

 

 そしてこの威嚇行動。どうやら、一度成功すると、「あの場所はヤバい」認定されるらしく、その後鳥たちのターゲットから外れるらしい。しかも同居人が観察していた限りにおいて、鳥の種別に限らず、情報が共有されている模様だという。

 本当か定かではないのだが、確かに鳥のたむろ率は減った気がする。

 

たむろする鳥を撃退するなら、天敵になれ

 ところで、結構鳥に居座られて大変な目にあってるっていう話を聞いたことがあって、それを同居人に話したところ、このようなアドバイスをもらった。

 

 ほうきとか持って、鬼人のごとく威嚇をしながら蹴散らすのがいい。

 たむろってるやつらはすぐに戻ってくるけど、戻ってこなくなるまで鬼人のごとく何度も蹴散らす、ずっといるのは夜中になるだろうけど1日程度の辛抱だ、ファイッ!とのことだった。

 

 ポイントは、「鬼人のごとく」であり、ここにいたらヤバいやつがいる、という天敵を自らが成るということだろうな、と思う。かなり本気入れて威嚇しないとダメっぽいみたい。

 

 

 ところで、家でリモートワークをしてると、やたらとうるさいスズメがヂュッヂュヂュッヂュしてるからどこにいてるのかと思ってベランダに見に行ったら、あ!うちんとこ来てるがな、しかも三匹! 散れっ!!

 鳥たちとの攻防戦は尚も続くのであった。

 

【雑記】Editのノートを買って、ノートに求めることを振り返る

 ノートはいつも使う一冊を決めている。今までは、カレンダー付きのメモ帳ロルバーンを使っていたのだけれど、殊のほか使わないため、新しいノートを買った。Editのノートである。

 

f:id:nomico:20210515104602j:image

 

 Editは、カレンダー手帳で有名だ。友人がここのカレンダー手帳が好きで、毎年使っている。それが最近ノートを作り始めたみたいで、ロフトで見かけたので試しに買った。

 

 

 ノートに何を求めるのか。

 と言うと、(1)書くことを遮らないこと、(2)持ち運びに困らないこと、(3)持ち運んでも頑丈な耐久性があること。私の場合はこの3点だ。

 

 ロルバーンは、この(1)書くことを遮らないことに引っかかるようにった。理由は、真ん中のリング部分。不要なノートは削除できるメリットがあるが、ノートの中央に隙間ができることがダメになっていた。表紙のバリエーションがあって楽しいのに。

 

表紙のバリエーション一例。もっとあるが、いいやつはすぐになくなる。

 

 昔はそこそこ使っていたのに何故にダメになったのか。。恐らく、モレスキンあたりを使った弊害(?)だろう。中央でもみっちり使えるノート、見開きで1枚という感覚がインプリされてしまった。その後もロイヒトトゥルムなど、見開きができてみっしり使えるノートばかりを選んでいるのが、その証左というものである。

 というか、真ん中のリングって、左側ページを書く時に普通に不便なのであった。ヤマになって不便。かといって、最初も最後も同様の不便さから逃れられない。最大の原因はこれか。

 

 

 次の(2)持ち運びに困らないこと。これは、ノートのサイズと、重量に影響する。

 ノートのサイズは、例えばA4サイズは持たない。今よく使うカバンに入る程度のサイズが限界であり、A5が最大サイズである。

 いやいや、リモートワークだしそんなに出歩かないから好きな大きさすればええやん、と思うが、基準が移動時なのである。故に、今一番使っているカバンのサイズからはみださないことが最重要となる。

 そして重量。

 重すぎるノートは無理だ。長らく付き合えない。モレスキンやロイヒトトゥルムを使わなくなった理由はこれが大きい。サイズは許容範囲だったのだが、とにかく重い。

 そんな訳で、モレスキンは途中からハードタイプからソフトタイプを買うようになった。ソフトタイプは、表紙がハードより柔らかめで紙も少なく、比較的軽い。カラーのバリエーションも多くてよく使っていた。

 ロイヒトトゥルムはページ記載があって魅力的だが如何せん重い。

 

  モレスキンのハード。表紙のカラーバリエーションも多くなった。これは横罫と無地。私は方眼一択なので、ここでは買えない。

 

 モレスキンのソフトカバー。値段も安価になる。ただ、期間限定の表紙がソフトカバーになることはない。4月だと桜限定みたいな表紙がある。だがソフトカバー方眼で探し始めると、展開は少ない。

 

 ロイヒトトゥルム。価格よりも重さがネック。 ページ数が書いてあるのは魅力的ではある。

 

 

 そして、(3)持ち運んでも頑丈な耐久性があること。

 頑丈ではなく、途中紙が丸まってしまって書きにくくなってしまったりすると、途端に書く気が失せるのだ。

 モレスキンはその点ではよくこなれており、表紙がかたく、そこそこ雑に取り扱っても、ノートとしての機能性を失わない。角も丸まっており、角が悪びれることも無い。

 

 

 他にも、うらうつりがしにくい、使っているペンの引っかかりが少ない、罫線の色が薄い、計算は方眼がんばってドット、などなど条件を挙げれば細かく出てくるが、私がノートを選ぶ時の大きな条件としてはこの3つだろう。

 

 Editのノートはこの3つの条件を満たしている。B6サイズで、そこそこ重くなく、リングじゃないし、キレイに開く、裏写りも少なく、表紙もかため。

 罫線は5㎜方眼の青、タイトルとわける実線あり、B6のセミサイズで120ページ、そして唯一重量を記載するメーカーすごくよくわかってる247g。

 

 こんな感じを見せるために商品紹介をしているので、リンク先は割と適当だ。

 

 モレスキン飽きたとか、そろそろ新しいノートを試したい(定期的によくある)なら、Editを使ってみてはいかがだろうか。

 

edit-marks.jp

  

【雑記】生活解像度とブログの頻度は多分比例している(自分の場合

クイズをしてると、解像度があがるんですよ。

 そう宣ったのは、開成高校主席で東大入った彼の言葉。つい昨日テレビでそんな話を聞いて、解像度は確かにほしいよな、と思った。

 

Lens, Camera Lens, Focus, Focusing, Hand Holding Lens

via pixabay

 

 ブログを毎度やるにつれて、結構毎日更新しようとするとつらいのは、書くことがなくなることだ。自分が「あ、これは!」とか驚きや反応したものについて、書いておこうとするのが私の記したい理由だからだ。

 これの何が問題かというと、のんべんだらりとしていると、こう、シナプスの煌めきには全くといって合わずに過ごしてしまい、今日のブログは終わりになる。

 

 私がしつこくブログを続けているのは、ひとえに未来の自分のためであって、自分が何をやってきたのかさっぱりわからなくなってしまうからだ。だから、昔こんなこと思っていて、というのを書き留めておくと、検索した時に、「すごい!同じこと考えてる人がいる!!」などという発見をつけることができる。過去の私は勝手知ったる他人でもある。

 

 で、なんで解像度とブログの話が出てるのかというと、ブログを書けてる、ていうのはちょうどこの解像度がよく働いている時だな、と思ったからだ。解像度がぼんやりしているのが、名称を与えられたり箱を用意され、そしてそれに対して自分が目を向けた時、ようやく解像度がアップされる。ここには、自分の意識が必ず必要で、その意識なくして解像度は発揮されない。

 相変わらず手帳は無理で、今年もカレンダー手帳を買ったが惨敗に終わった。手帳に関する解像度は全くなしのつぶてだが、それでもブログだけは続いている。結局Evernoteなりの個人データべースを探す旅についても、いかに自分が時間がずれただけで忘れさられる解像度を短期的な時間で思い出せることができるのか、というに対抗しているのかもしれない。

 

 

 で、テレビでの解像度の話ってのは、私にとってはブログでしたためていけるように、意識的に生きていきたいよな、と思ったのだった。特に我々は流れやすい川に流れる水なので。やりやすいものがあればやりやすい方に向かいがちなので。例えばゲームとか。。

【雑記】30分の惨事

それはさながら土木工事のようだった。

German, Males, 3D Model, Isolated, 3D, Model, Full Body

 

 同居人が言うには、私が帰って来た時、私の様子はものすごく不可解なものであり、何かしらしょげている模様であると言った。それは、30分足らずの出来事だというのに、私の心を深く傷つけた。ついでに歯も傷つけた。治療のためだが。

 そう、歯医者に行ってきたのだ。

 たかだか30分の歯医者で、私はうちしがれて帰って来たのだった。

 

 

 今日は虫歯があったのでその治療だ。歯と歯の間の虫歯だったから、結構な分量を削ってかぶせものをつける。1回目はかたどり、2回目はかぶせ、という治療計画である。今回は1回目だ。

 

 1回目はかたどり。

 そう、かたどり。

 かたどりをするためには削らなくてはならない。

 

 注射を打つ。

 ずいぶん昔と比べたら歯医者もバージョンアップした。

 私の歯医者の恐ろしい記憶といえば、歯肉に直接麻酔注射を打ち、それが激しく痛かったというものである。

 今や麻酔注射を打つための麻酔というものがあって、2段階の処置になっている。技術は躍進している。みんな痛かったんや。

 そしてメインの麻酔注射も、普通の注射ではなく、電動で動く注入器である。これによって思う存分麻酔を打つことができる。技術は躍進している。

 

 そんなこんなで注射を打ち、感覚が薄れて、なんだか腫れた感じになっていく。指で触ると、触る感触はあるが触られた感触がなく不思議である。歯ですら自分の意識下にある、という認識はあるのに、麻酔のかかった部分は、自分の肉体でありながら、完全に支配下から抜けている。

 

 そんなぶよぶよした口腔をもって治療が始まる。かたどりをするために、歯を削るのだ。

 何度通っても、この歯の削られるのだけは慣れない。音が悪いのかそれとも先天的な意識下によるものか、とにもかくにもいくら技術が躍進したからといって、歯を削られるのだけはおそろしい。

 

「痛かったら左手をあげてくださいねー」

 

 はーい。

 そして、チュイーンという音とともに削られていく歯。私の気力もごっそり削られていく。そして突然の痛み。

 すぐに手をあげた。

 

「麻酔足しますねー」

 

 足してください、じっくりと。麻酔された時、ちょっと心配だったのだが、それはやはり気のせいではなかったようだ。麻酔の範囲がそこはかとなく浅い感じがしたのだ。やっぱり浅かったらしい。

 追加に追加を重ねて(明らかに最初の2倍ぐらい注入している感がある)、再度歯を削る。

 

 今の歯医者に来てから、認識を改めたことがある。

 それは、歯を治療することは、土木工事であるということだ。

 今通ってる先生は特にこの土木工事感がえげつなくて、すごい歯をがこがこされてる感が半端なかった。人として認識されているはずだが、なんとなく二の次感があるのが、また土木な工事味を感じてしまうのだろうか。

 それもそのはず、こんながこがこした内容でも、この歯医者の時間はいつも決まっている。

 

 30分。

 ここの歯医者はいつも1回30分と決まっている。

 なので、先生はとてもとても集中しているはずで、歯にばかり注力しているのだ。だから、土木工事味があるのだろうか。。

 

 さて、削った後は、ゴロゴロされる。ああ、今滑らかにされるタンクローリーが今口にいるんだなととてもよくわかる。相変わらず土木工事感はんぱない。

 

 そして有無を言わさず、ゴム状のものをかぶせられ、口の圧迫を感じつつかたどりを行う。これが割とつらい。特に、口に吐き気をもよおす部分にあたって、はきそう。。 という苦行を通りこして待つこと数分。

 

 かたどりを取って、仮のかぶせものを作って今日は終了。

 

 しめてここまでだいたい30分である。

 そして私の心は深く傷ついたのだった。

 自分で志願したとはいえ、ひどい目にあった。自分で治療を受けておきながら、ワンチャンやネコチャンが予防接種などを受けてひどい目にあったと拗ねる気持ちがとてもよくわかった。

 

 いずれにせよ、歯の治療はできれば回避したいものである。

 

 ちなみに、麻酔が残ってる口でごはんを食べても、気持ちが半減するのはなぜだろうか。

【雑記】GW1が明けた

 五日もあるーと思っていたのが五日しかなかった。

 

しずかな金色連休

 いつもだと、帰省やら旅行やらでばったばったしている時期のGWなのだが、今回は特にどこに行くというわけもなく、しずかに過ごしていた。多少のおでかけはしているものの、でっかく移動を!しているわけではない。

 

未来日記

 連休からちまちま見ていた「未来日記」を見ていたので、気になってGW最終日に一気に見た。

www.future-diary.tv

 というか、主人公は「ユキテル」くんというんだけれども、ヤンデレヒロインことユノちゃんがユッキー♡ユッキー♡(ハート重要)と呼ぶので、同居人と未来日記の話をする時の主人公呼びはユッキー呼びになる有様だった。

 未来の見える日記を持つことのできた12人が、次代の神になるためにバトルロワイヤルをして生き残る、というのがこの漫画の趣旨なんだけど、次代的には、丁度携帯とスマホの端境期なので、どっちの携帯も見ることができた。充電はいつしてんの?!とかいう地味な心配をしつつハラハラしながら見ていた。

 主人公のユッキーは弱いキャラで、ヤケに強いヒロインのユノに守られつつ生き延びていくのであった。ただ、ユッキーの声のトーンがものすごくエヴァンゲリオンのシンジくんに似てて、え、シンジくん?と勘違いすることもしばしばであった。しかも、途中からこれまたエヴァンゲリオンのカオルくんの声そのままのキャラが出てきたので、デジャヴ感が半端ないのでござる。

 ところで、未来の見える日記があることで、何がどのようにバトルができるかというと、相手の動きを推察することができる、予測ができるということで、動きを躱せる!という風になってる。んだけども、結構バトルしながら携帯を見ていて、むしろその挙動を実行する方がハイレベルなのでは、と思うとかなりシュールな画面が繰り返されるのだった。それ以外にも、真面目にやってるだけにシュールな画面があったりもして、なかなか楽しかったアニメだった。

 ラストはどうなの、というと、え、そこで切る?!みたいな感じで切っていたけど、一応最終的にはハッピーエンドを迎えたようである。しかも、ハッピーエンドの結末が、ラストのラストで展開されたため、パッと見だと、ピンとこない派とすんなり納得する派で別れた。自分は後者で、ハッピーになるための結末なら、まぁそうなるよねということで納得感があった。

 

【タスク管理】Jiraを一瞬使って一瞬のうちにMicrosoft ToDoに戻ってきた話

 年度も変わったことだし、タスク管理ツールも新調するかー、と思ってJiraを使ってみましたが、あっさり今まで使っていたMicrosoft ToDoに戻ってきました。

 

www.atlassian.com

Jiraはソフトウェア開発のインシデント管理ツール

 Jiraは上記見出しの通り、ソフトウェア開発のインシデント管理ツールだ。最近フリーでも使えるようになったと、風のうわさで聞いたので、ちょっと管理に使ってみないか試しに登録してみた。

 私が仕事で使っていたころを考えると、ずいぶん見やすくなっている。設定のアーキテクチャー自体はそんなに変わってなさそうである。

 

Jiraの七面倒くさい設定アーキテクチャ

 これは2009年ごろに作ったらしい、Jiraのスキームとかの関連図。項目を表示したりしなかったり、どこでどうやって設定すればよくわからなくなって作ったのがこの図である。ちなみに、ツールはFrieve Editorというのを使っている。

 

f:id:nomico:20210420140106p:plain

 

 作った当時からずいぶん時間が経ってしまったので、項目の誤差はあるだろう。多少は少なくなってるかな、と思ってみたけど、名前は多少変わってはいるもののあまり変更はなさそうである。

 

 この図の意図を、すっかり忘れている自分のために説明しておこう。

 まず、これらの設定は、一番上段の「プロジェクト」を設定するために定められるものだ。

 そして、プロジェクトは各スキームと呼ばれる組み合わせの設定を紐づけることで、各設定が組み合わせられる。これが二段目の「プロジェクト用スキーム」の意図である。

 三段目が、それぞれの設定を作るためのパーツであり、四段目はそのパーツの実装である。

 

 二段目の関係性について、もうちょっと触れておこう。

 課題タイプスキームは、どういう課題を取り扱うかのスキーム「ToDo」「エンハンス」「トピック」「バグ」などの課題タイプを決める。

 そしてそれぞれの課題タイプで項目の利用の有無を決めるのが「フィールド設定スキーム」で、項目の表示の有無を決めるのが「課題タイプスクリーン(画面)スキーム」だ。

 それとは別に、画面遷移を決めるのがワークフロースキームであり、項目の削除編集等の決めるのが権限スキームである。

 そしてこれらのスキームは、再利用性を加味して、組み合わせのセットとして定義し、それをプロジェクトに設定している。

 

 とまあ、私が知りうる中では、かなりコントロールが効くインシデント管理ツールというのがJiraの印象である。設定は、真面目に実装するとめちゃめんどい。

 

 なんだけど、昔の見てくれと比べると随分わかりやすくなったし、使えるかなーと思ってものは試しに項目をセットしてみた。

 が、タイトルの通り、1日ももたずに、Microsoft ToDoでいいや、ということになったのだった。

 その理由を振り返る。

 

理由その1、やっぱりこまごました項目には向いてない

 Jiraはソフトウェア開発のインシデント管理なので、項目のライフサイクル自体は割と眺めである。数週間は滞留しているものが、タスクという扱いとなる。

 その分、サブタスクを自分できって、作業をすることも可能なのであるが、残念なことに一覧性に欠ける。

 

理由その2、サイクルタスクに向いてない

 Jiraはソフトウェア開発のインシデント管理なので、同じ課題が定期的に発生するなどという概念は存在しない。従って、リピートタスクを作ろうとなると、非常に面倒くさくなるのであった。

 

理由その3、今日の計画を作りづらい

 Jiraはリピートタスクを作りにくい。だから、今日はこれとこれとこれをやるぞ!といってピックアップするのに非常に長けていない。毎回サブタスクを作るのもなんだかなーだし、かといって、今日やったタスクを次の日に出すのもなんだかなーである。

 

理由その4、項目設定めんどい!

 Jiraはインシデント管理なので、デフォルトで使える項目が割とたくさん存在する。それが面倒。画面を操作するレベルであったとしてもやっぱり面倒なものは面倒なのである。

 

 以上のような理由から、やっぱりJiraは個人のタスク管理にゃ無理だんべ、と思い、早々に撤退を決めたのであった。

 

 

というか、Jiraが合わない理由は自分で言っていたじゃないの

 いろいろ書いてきたのだが、実際Jiraが個人のタスク管理に合わない話は、既に自分で言っていたのを思い出した。

 

www.works4life.jp

 

 ……。嗚呼、凝りてない。

【雑記】仕事のオンライン会議がオフカメラが大半であるのはなぜだろうか?

 最近、仕事のオンライン会議では、カメラはオンにしていますか?

 私はすっかりオフです。

 

 Video Call, Video, Conference, Zoom, Online, Skype

 

 

仕事のオンライン会議でオフカメラにするのが通常になった

 なんやかんやとリモートワークが通常運用になってしまい、気が付けば1年近くリモートワークを行っている。

 会議はオンライン会議でするのが通常モードになり、Zoomがいいだの他の会議がいいだのあったが、うちはMicrosoftをどっぷり利用しており、オンライン会議といえばTeams会議である。

 オンライン会議といえば背景はどうしようかと騒がれていたが、ここ最近、というか早い段階で、我が会社はほとんど画面を映さず音声だけでのオンライン会議をするようになった。

 今ではよっぽどメインな会議ではない限り、部長クラスも画面を映さない。オンライン飲み会ならそこそこみんな顔を見せるけど、会社の仕事会議では、ほとんど顔を見かけなくなった。

 会社全体そうなのだろうか、とは思うが、他のあんまりかかわっていない部署とときたま実施する会議も総じてカメラはオフなので、おそらく会社全体としてそういう傾向にあるだろう。

 

 他の会社はともかく、自分の会社の仕事会議は、カメラオフでオンライン会議をするのが、通常となっている。

 なぜだろう。

 

機材がへぼいから?

 人によってカメラが行き渡ってない、搭載されてないから、使えない人に合わせたのでは? と、思うかとそうではない。

 自分の会社提供のノートPCは、既にカメラ搭載型で、最初のころはなんなく画面を映してオンライン会議をしていた。

 このカメラ機能は、わが社では標準的な仕様である。また、コロナによるリモートワークでなくとも、オリンピックによる影響もあり、リモートワークもできる環境にシフトしつつあったところである。

 だから、一部のメンバーにカメラ機能の不利益があり、それなら合わせてカメラを使わない、というわけではないのである。

 

メールやIRCといったフェイスオフのコミュニケーションに慣れているから?

 自分の会社は、昔からメールを多用している。メールはエビデンスが取れるため、言った言わないバトルを回避するためにも頻繁に使われている。

 他にもIRCやらのチャットツールを部署によっては利用している。つまり顔を見なくてもコミュニケーションをとることには、慣れている会社だと思う。

 だからオンライン会議で顔が見えていなくても、そんなに問題はないのかもしれない。

 

画面共有ばかりして顔を見ていないから?

 オンライン会議で顔が見えていなくても、と上記で言ったが、そもそも自分が参加するミーティングでは、画面共有ばかり利用していた。

 画面共有機能は、オンライン会議にとっては、むしろメインはこっちといっても差し支えないレベルだ。自分の会社ではほとんどの会議で利用しているだろうし、これが使えないとなると、オンライン会議の最大メリットが消えるのではないかと思う。

 顔は見えなくてもよい、画面が共有しさえすれば。

 

オンカメラだとそもそもネットワークに支障をきたすんですが・・・

 顔は見えなくてもよい、画面が共有しさえすれば。

 オンカメラで動画を配信するとなると、その分ネットワークはひっ迫する、そうすると、音声までもひっ迫してしまい、ロボット声になったりして、会議そのものに影響が関わってくるのであった。

 しかるに、まずは最初にカメラをオフをするようにした。

 

 そして、私たちは気づいてしまったのである。

 カメラオフでも、オンライン会議に全く問題ないことに。

 

ネットワーク回線だけはどうする術もなし

 リモートワークになって、このネットワーク回線状況というのは人によって大分差異が出てきた。自分なんかは、家で回線契約をしているので、そこからWIFIをはって使っている。一方ではネットワークなんか契約していない人もいたりして、そういった場合は、自社携帯のテザリングでPC使っているという場合もある。これはきつい。

 そしてわが社は、ネットワークを仕事にしている会社であり、回線が重いという話については、たぶん他の会社よりセンシティブだし、順応は早い方だろう。

 

 オンカメラにしていておかしくなった話になれば、すぐさま比較的不要なカメラ機能はオフにし、そしてそれを許容する。ネットワークが重いのはしょうがないもんね。

 そして、顔が見れないよりも、会議が速やかに実行されることを優先する。

 このように一人カメラオフしては、徐々にカメラオフが増えていき、そしてカメラオンは誰もいなくなってしまったのだった。

 

 これによって、ミーティング前だけは、背景と自分をとりつくろわなくてはならないという煩雑な作業から解放され、我々は、本当の意味でリモートワークを手に入れたのである。

 

結論

 自分の会社が、仕事のオンライン会議がオフカメラなのかを検討してみたのだが、その一番最初の理由は、「ネットワークが重いのカメラを切る」という考え方の優先度が高いからなんじゃないかなと思う。

 そしてその優先度が高いのは、わが社がネットワーク関連の仕事に従事している、てことが大いにある。ネットワークが重いのはどうしようもない。ネットワークが改善するにはお金がかかるので、自分達でできることがあるならそっちに倒した方が解決するのだ。

 だから、自分の会社では、ネットワークが重いのでカメラをオフをすること、ひいては、誰でもカメラをオフすることに寛容になったのではないだろうか。

 

 それにである。会社以外のミーティングでは、オフカメラにしているのは、私ですらなんだか失礼にあたる、という感じがどうしてもするのだ。だから、特にカメラをオフにする理由がなければ、初期状態ではオンカメラである。

 だが、会社のオンライン会議では、「え、なぜそこでカメラをオンにする理由が?」というぐらいに、カメラをオンにする理由があまり見当たらない。